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東京地方裁判所 昭和34年(行)46号 判決

原告 内山四四子

被告 豊島税務署長

訴訟代理人 樋口哲夫 外四名

主文

原告の第一次的請求はこれを棄却し、予備的請求は訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の申立とその主張

一、請求の趣旨

第一次的請求

被告が昭和三四年三月三〇日別紙目録記載の物件に対してなした差押処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。

予備的請求

右処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の原因

(一)  被告は、原告の夫訴外内山藤意が別表記載の国税を滞納し、その財産の差押を免かれるため、昭和二八年三月四日頃別紙目録記載の建物を原告に贈与したとなし、国税徴収法(旧法、以下本件においておなじ)第四条の七の規定に基き、昭和三四年三月三〇日右建物につき差押処分をなした。

(二)  しかしながら、右建物は、原告が昭和二五年六月二七日豊島区長より建築許可を受け、当時建築を完了し、昭和二八年三月四日保存登記を経由したものであつて、当初から原告の所有であり、訴外藤意から贈与されたものではない。

(三)  仮りに、右建物が訴外藤意から原告に贈与されたとしても、その贈与は滞納処分としての差押を免かれるためになされたものではない。すなわち、昭和二八年三月四日当時同人の本税は既に納付され、滞納税額は、僅かに利子税七、四一〇円、滞納加算税たる附加税一、一五〇円にすぎなかつたのであるから、同人が、本税を納付しながら僅か右程度の滞納税額による差押を免かれるため、本件建物を贈与するというようなことは常識的にも考えられないことである。

(四)  以上のとおり、本件差押処分は、建築当初から原告の所有である本件建物を、訴外藤意から贈与されたものであると誤認し、またその贈与が国税滞納処分としての差押を免かれるためになされたものと冒認してなされた違法な処分であつて当然無効である。

(五)  よつて原告は、第一次的に右差押処分の無効確認を求め、予備的に、これが取消を求める。

三、予備的請求に対する被告の本案前の主張に対する答弁

(一)  原告が本件建物に対する差押調書の謄本を昭和三四年四月二日頃受領したこと及び本件差押処分に対し、再調査請求をしていないことは争わない。

(二)  しかしながら、本件のような国税徴収法に基く差押処分の取消、変更を求める訴には、行政事件訴訟特例法第二条の適用がなく、本訴には訴願前置の手続を経由する必要がない。

(三)  仮にそうでないとしても、本件ついては、訴願前置手続を経ないで出訴するにつき、正当な事由がある。

(イ) 本件建物に対しては、既に被告の差押処分がなされているので、もし、これに対し再調査等訴願前置の手続を経ていては、滞納処分が進行し、公売により第三者の手に渡ることが予想され、原告としては、唯一無二ともいうべき財産を失い、回復することのできない損害を蒙る虞がある。

(ロ) 訴外内山藤意は、昭和二二年夏頃から訴外東芝商事株式会社と、電気器具製品の取引をしていたところ、昭和三二年一二月頃には、総額金二、三四三、三六〇円の商品未払代金債務を負担するに至り、同会社から在庫商品に対し仮差押を受け、爾後訴訟によつて係争中のところ、昭和三四年二月一九日裁判上の和解により、右仮差押物件を代物弁済として提供し、債権債務を決済することゝなつた。そこで、原告一家は、更生の方途として、本件建物の階下を商店として株式会社東光楽器店に賃貸して、家族は二階に居住し、夫藤意は、会社に勤めて辛うじて生活を維持することゝなつたのであるが、被告は、右の事実を、藤意が滞納税金の支払を免かれるためにした手段であると曲解し、強硬に滞納税金の支払を要求し、遂には徹底的に追及する旨言明し、まもなく本件差押処分をなすに至つたのである。以上のような経緯から考えると、たとえ、原告が被告に再調査の請求をしてみても、その請求が容れられないことが明白であるから、このような事情の下においては、再調査等の手続を経ないで、直接裁判所に出訴し、その救済を求め得るものといわなければならない。

第二、被告の申立とその主張

一、請求の趣旨に対する答弁

第一次的請求につき

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

予備的請求につき

本案前の申立

本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。

本案の申立

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

二、請求原因に対する答弁と主張

(一)  請求原因(一)の事実は認める。(但し差押の基礎となつた滞納税額の総計は二六四、六四五円に法定の附帯税を合した額である。)(二)の事実中本件建物に、原告主張の日その主張の保存登記がなされていることは認めるが、その余の事実並びに(三)(四)の事実はすべて争う。

(二)  本件建物は、昭和二五年頃訴外内山藤意が、自己の資金をもつて建築してその所有権を取得したものである。ところが、同人は国税を滞納し、滞納処分としての差押を免かれるため、昭和二八年三月四日頃右建物を妻である原告に贈与したが、同人には、昭和二七年六月一〇日を納期とする滞納税額(未確定の利子税延滞加算税を除いて合計金二六四、五八〇円)を満足するに足る財産がなかつたので、被告は国税徴収法第四条の七の規定に基き本件差押処分に及んだのである。

(三)  しかして、本件建物の建築当時その所有者が訴外藤意であつたことは、同人が自己の資金をもつて建築したこと、固定資産税台帳にも所有者として同人の氏名が記載され、その後同人が右建物に対する固定資産税を納付していたことにより、また贈与の点は、右の事実に加え、昭和二八年三月四日原告が所有者として本件建物につき保存登記の申請をしていることによつて明らかであり、更に右の贈与が差押を免かれるために行われたものであることは、贈与当時藤意が本件建物以外に滞納税金を納付するに足る資産を有しなかつたことにより容易に推定されるので、本件差押処分には、何等原告主張のような違法の点はないものという外ないが、仮りに、右に挙げた事実をもつてしては、内山藤意が、差押を免れるために本件建物を原告に贈与したと認めることが困難であるとしても、それは単なる事実認定の誤りにすぎず、しかも、その瑕疵は、前記のような事実が存する以上、外観上明白なものということはできない。ところで、行政処分が当然無効であるとして、その効力を否定されるのは、その処分に存する瑕疵が重大であり、かつ、その瑕疵の存在が外観上明白である場合に限られることはいうまでもないから、本件差押処分が無効であるとする原告の主張は理由がない。

三、予備的請求に対する本案前の主張

本件差押処分のような国税徴収法上の処分の取消を訴求するためには、原則として、まず処分の通知のあつた日から一ヶ月以内に再調査の請求をなし、これに対する決定を経た上、更に審査の請求をなし、その決定を経ることが前提手続として要求されている。しかるに、本件差押処分については、被告において、昭和三四年四月一日差押調査の謄本を原告に送付したから、右謄本は遅くとも当時原告に到達しているにもかゝわらず、原告はその後一ケ月以内に再調査の請求をしていないから、本件差押処分の取消を求める本訴は不適法である。

四、本案前の主張に対する原告の答弁についての反駁

(一)  国税徴収法上の行政処分の取消、変更を求める訴については、行政事件訴訟特例法第二条の適用はないが、その特別規定としての国税徴収法第三一条の四の第一項が適用されるのであつて、原告が右特例法第二条の適用がないということから、直ちに本訴につき訴願前置の手続を要しないというのは明らかに誤りである。

(二)  原告は、本件差押処分によつて、本件建物の使用収益を妨げられていないばかりか、右処分に対し、再調査の請求をすれば、法律上も、その請求の係属中は、本件建物の公売を行うことができないとされているのであるから(国税徴収法第四条の七第二項、同条の六第三項)、本件は同法第三一条の四第一項但書に規定する正当の事由がある場合に該当しない。

その他本件において、訴願前置手続を経ないで出訴するにつき正当事由の存在することは争う。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、被告が、昭和三四年三月三〇日国税徴収法第四条の七に基き、原告の夫訴外内山藤意が、滞納国税による差押を免かれるため、本件建物を原告に贈与したものとなし、本件建物につき差押処分をなしたことは当事者間に争がない。

二、原告の第一次的請求について。

原告が、本件差押処分を無効であると主張する理由は、本件差押処分が、建築当初より原告の所有である本件建物を、訴外内山藤意から原告に贈与されたものであると誤認し、また、その贈与を、滞納国税による差押を免かれるためになされたものと誤認してなされたという二点である。

ところで、行政処分が無効とされるのは、当該処分に内在する瑕疵が、重大かつ明白である場合に限るもので、その瑕疵が重大明白でなければ、その処分を当然無効ということはできないと解するのを相当とする。そこで、本件において、原告主張のような瑕疵が重大であるか否かの点はしばらくおき、果してそのような瑕疵が明白であるか否かにつき按ずるに、昭和二八年三月四日本件建物に原告名義の保存登記がなされていることは当事者間に争のないところであるが、成立に争のない乙第二号証の一、二及び証人田中祐司の証言により真正の成立を認める同第五号証に同証人の証言を綜合すれば、本件建物は、豊島税務事務所備付の固定資産課税台帳に、昭和二五年に新築された訴外内山藤意所有の家屋として登載され、その後同人名義で固定資産税が納付されていること、右台帳上の所有者は、昭和二八年三月四日本件建物に原告名義の保存登記がなされると同時に、原告名義に変更登録されていることが認められ、また成立に争のない乙第一、第四号証、前記田中証人の証言によりその成立を認め得る同第六、第八号証、証人福田武夫の証言によりその成立を認める同第九号証の一、二に同証人の証言を綜合すれば、訴外内山藤意は、昭和二八年三月四日当時昭和二七年度の所得税約四四、〇〇〇円余を滞納し、既に発生していた納期末到来の同年度の所得税額を合算すると合計金一一九、五七〇円となるところ、同人にはこれを完納する見込がなく、しかも同人はそれまでに数回国税滞納処分を受けていで、本件建物を除けば当時他に固定資産を有していなかつたこと等の事情が窺われるので、以上の事実によれば、同人は滞納国税による差押を免かれるため、昭和二八年三月四日頃本件建物を原告に贈与したものと推定することができないわけではない。もつとも、本件では、前記乙第二号証の一の課税台帳は補充台帳であつて、本人の申告によつてなされたものではなく、税務事務所が職権によつて作成したものであること(証人横田茂の証言)、本件建物の建築許可申請は原告名義でなされていること(甲第二号証原告本人尋問の結果)本件建物による飲食店営業の許可申請は原告名義でなされ、原告に許可されていること(甲第六号証)原告が一部建築資金の支払をしていること(証人石井宗平の証言原告の本人尋問の結果甲第五号証の一乃至四)等の反対証拠もあるので直に前記推定が正しいとはいえず更に詳細な検討を必要とするものであるけれども、仮りに本件差押処分をなすに当り、本件建物が、滞納国税による差押を免かれるために原告に贈与されたと認定したことが誤りであつたとしても、このような誤認は、前認定の事実関係にある本件では本件差押処分に内在する瑕疵として明白であるとはいえない。

してみると、原告主張のような瑕疵は、右の点において本件差押処分を無効ならしめる瑕疵ということはできないから、右の瑕疵を理由として本件差押処分の無効確認を求める原告の第一次的請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

三、予備的請求について。

(一)  国税徴収法第三一条の二、同条の三及び同条の四によれば、税務署長が同法の規定によつてなした処分の取消、変更を求める訴は、原則として再調査請求及び審査請求を経た上でなければ提起できない旨規定されているところ、本件において、原告が右の再調査手続を経由していないことは原告の自認するところである。

(二)  原告は、本件のような国税徴収法上の処分については、行政事件訴訟特例法第二条の適用がないから、本件については訴願前置の手続を要しない旨主張する。けれども、国税徴収法に基く処分の取消、変更を求める訴には、右特例法第二条の特別規定として前記国税徴収法第三一条の四が適用されることは、右各法条の規定により明白なところであつて、原告が、国税徴収法上の処分に対する取消変更の訴に行政事件訴訟特例法第二条の適用がないことから、直ちに本件について訴願前置手続を要しないと結論することの誤りであることは多言を要しない。

(三)  そこで、本件につき、前記国税徴収法第三一条の四第一項但書に規定する訴願前置手続を経ないことにつき正当な事由があるか否かにつき判断する。

(イ)  原告は、本件について再調査等の手続を経ていては、滞納処分が進行し、回復できない損害を蒙る虞れがある旨主張する。しかしながら、国税徴収法第四条の七第二項、同条の六第三項によれば、同条の七第一項による処分につき、再調査もしくは審査の請求がなされたときは、当該請求の係属する間財産の公売をなすことが禁じられているのであるから、右手続を経ることにより原告主張のような損害の生ずる虞れはないものといわなければならない。その他本件につき再調査請求を経由することにより、回復できない損害を生ずる虞れがあると認むべき証拠はない。

(ロ)  つぎに、原告は、本件においては、仮りに原告が再調査の請求をしてみても、原告の請求が容れられないことが明白な事情があるから、このような事情の下においては、再調査請求等の手続を経ないで出訴するにつき正当な事由がある旨主張する。しかしながら、本件において、被告が原告の再調査請求を容れないことが予め明白であると認めるに足る証拠はないのみならず、国税徴収法上税務署長のなした処分に対する再調査請求については、仮りにこれが容れられない場合でも、更に上級官庁たる国税局長に審査の請求をなすことができるのであつて、右の審査の段階において行政上の救済が得られないとは断定できず本件において上級官庁が原告の不服の申立を取り上げないことが明かであつたとの証拠もないから原告の右主張は理由がない。

(四)  以上により、本件差押処分の取消を求める原告の予備的請求は、再調査請求等の手続がなされず、訴願前置の要件を欠く不適法な訴といわなければならない。

四、よつて、原告の第一次的請求はこれを棄却し、予備的請求はこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 下門祥人 桜井敏雄)

別表〈省略〉

物件目録〈省略〉

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